デンマークの学校についての引用(+私的意見) 2001/08/01

たまたま読んでいたデンマークの紀行文のなかに、デンマークの学校の紹介文がありました。その文章がとてもシンプルでわかりやすいと思ったので参考までに引用したいと思います。。

関連リンクがこのページの下の方にあります。

以下引用です。

デンマークでは義務教育は10年制である。子供が5歳になると、居住地のコムーンから小学校に入学するお誘いの通知が届く。いちおう学区制になっているけれど、公立学校を選ばず、シュタイナー学校のような私立を選ぶ家庭もあるし、学区外の学校を希望する親もいる。

義務教育だから学校に行かなければならない、ということもない。親にその能力があって学校教育に相当する内容の教育を子供に受けさせれば、必ずしも教育の場は学校でなくてもよいことになっている。というわけで、就学時の子供を連れて、丸々一年かけて家族全員で世界旅行に出かける家族もデンマークには存在する。

子供が5歳になって届くお誘いは、あくまでもお誘いである。6歳になっていなくても、ほかの子供たちとの生活と学校の指導に十分ついていけると親の目で判断すれば、5歳から小学校にあげることができるし、逆に6歳になっても一年修学を遅らせることができる。


単純に自然で柔軟だなあと。そしてとても当たり前のことのように思えます。 あくまで学校は手段でしかありません。間違っても目的ではない・・。
教育情報を得る手段は今や学校だけではないし、一人一人の人格とか個性が尊重される時代です。子どもを育てるための方法が学校だけというのは、やはり時代の流れに適応しているとは言い難いのではないかと思っています。
どんな教育方法であれ、子供に合わせて、家庭の方針に合わせて、環境に合わせて、いくつかの選択肢が必要なのではないでしょうか。 家庭も子どもも一つとして同じではないのですから。教育だって子どもと取り巻く環境によって千差万別であると考えるのが普通でしょう。
おそらくデンマークをはじめとする教育先進国の親たちは、自分の子供の教育は、子供と自分たちで決めるのだという気持ちが強いと思います。
親と子が自信をもって自分たちが選んだ道をあるく。 そこでは学校と親とが責任をなすりつけ合うようなことはないんじゃないかと思うのですが。 もちろん迷いや問題は生じるでしょう。でもそれば学校でもどこでも同じことです。
先日、河原で子どもを遊ばせていると、一人の女性がペットボトルに一生懸命川の水をためていました。何をしているのかを尋ねると、水質検査だといいます。 ならば保健所か何かの人かと思っていると、どうもそうではないらしい。 よくよく聞いてみれば、その女性、中学生のお子さんの夏休みの宿題をしているのでした。体験学習の一環だとか。当の本人の姿はどこにもない(^^;)。 その女性「体験学習、体験学習っていって、子どもは夏休みも宿題ばっかりでほんとに忙しいのよ」と。 たしかに夏休みの宿題を親に手伝ってもらった記憶、だれにでもあるにちがいありません。それがいい思い出といってしまえばそれまでですが、よくよく考えてみると何かがおかしいことに気づきます。誰の何のための宿題でしょうか。実にならない宿題がよい思い出というならば、極端な話、宿題がなければもっといい思い出を作れるかもしれません。
社会見学、奉仕活動、ゆとりの教育、いろいろ言われていますが、 義務にしてしまえば結果は同じことと思うのは極端でしょうか。確かにこれをきっかけに 何かをつかむ子もいるのでしょうが。 私には、むしろ基本だけを教えて早く家に帰すぐらいのほうが柔軟な体制だと思えます。たっぷり子供が自由に使える時間を与えてもらえるのですから。 それ以上のことは、子どもが新たな選択肢から選べればいいのです。
そんな自由があれば、私の頭の中で即ホームスクールとはならなかったかもしれません。 子供が自然に学びたいと感じる気持ちを尊重したいし、興味を持ったことをあれこれいじりまわすのもいいと思うし、家の手伝いをしたりして家庭という社会の一員であることを感じられればいいなと思うし、地域社会は一人一人が支え合ってはじめて成り立っているのだということを実感してほしいとも思っています。とてもよくばりです。でも必要なことだと思うのです。それにはたっぷりと余裕のある時間が必要です。「退屈だなー」とか「自分は今日何をしたいかなー」とか「これをするには何から始めればいいかなー」とかいいながら寝ころんで創造する時間と、行動し、かかわり、経験する時間が。
昔母が、よく「学生は勉強が本分だから、遊ぶのは後でいい、そのかわり家の仕事もしなくていい」というようなことを言っていました。母は教育者で、尊敬すべき人でした。私は全く従順(?)に育ってきましたが、この点について、やはり今は疑問に感じています。息子には人間として学ぶべきことを学ぶべき時期に学んでほしいと思っています。

ちょっと個人的意見を語ってしまいました。あしからず。(2001/08/01)

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